ネットをめぐる冒険

これだからインターネットはおもしろい。

Woman - Iwamura Manabu × FICC

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Woman - 岩村学(IWAMURA MANABU)× FICC | Webデザインから生まれたCD

Webデザインから生まれたCD。もうWeb業界では随所で話題に上ってますがWeb制作会社であるFICCさんが、アーティスト岩村学さんの音楽CDアルバムをリリースするというとても新しい試みをされています。

岩村学さんがFICCさんとのコラボレーションによって制作してきた、ミラノ・コレクションやブランドWebサイトのためのオリジナル楽曲が、1枚のCDに。その名は「Woman」。ショーの全てをプロデュースしたいというシンプルでストイックなこだわりによって生まれた音楽たちが、CDというカタチになったことでWebの世界に新たな影響を与えるかもしれません。

多くの人にとって、このCDに収録された楽曲を耳にする機会はFICCさんの制作されるWebサイトが最初となるはず。毎回ハイ・クオリティなWebサイトを制作されていて、リリースの度にその完成度の高さに驚かされるのですが、そこに岩村さんの音楽が果たしている役割はとても大きい。それもそのはず、Webサイトの演出効果はまずショーのために作られた岩村さんの楽曲を聴きこむことでイメージを膨らませているそうですから、そのはまり具合たるや素晴らしいものがあります。このあたりの制作エピソードはFICCのAKIRAFUKUOKAさんはじめスタッフのみなさんご自身による解説をどうぞ。

今年も多くのサイトを作られていて刺激を受けまくりでしたが、その中でも個人的に特に印象に残っているのがANTEPRIMA FALL/WINTER ’08。アートディレクション・デザイン・演出が私のツボすぎて本当に素敵でした。同時にもうなんだかくやしくなっちゃって、モーレツにモチベーションを搔き立てられたサイトでもあります。で、なぜここまで心揺さぶられるのだろうと考えてみると、音楽がね、抜群に良いの。サイトのローディングからナビゲーションが現れるまでの導入部の音楽と演出のシンクロは圧巻ですよ。

名を知らないその曲を聴き返したくなってたまにアクセスしていたのですが、それがWebサイトを離れて「Woman」という1つの音楽CDアルバムとしてリリースされると知って、これからはいつでも望んだときにその曲を聴けるようになるという歓びとともに、Webとメディアの新しい方向性を見た気がした。

「Woman」は現在Amazon.co.jpにてCDが販売されているほか、iTunes Storeにて高音質なiTunes Plusフォーマットで配信中。太っ腹なことに右下にあるブログパーツでは、リミックスを除く全曲をフル試聴することができます。僕がお気に入りだと言ったANTEPRIMA FALL/WINTER ’08のテーマは10曲目の “Love Contrasts” IWAMURA MANABU - WOMAN - Love Contrasts。CDのリリースによってようやく曲名を知ることができました。

Webサイトを見たことはなくてこれらの楽曲をプレイヤーで初めて聴くという人もいると思いますが、ANTEPRIMA FALL/WINTER ’08をはじめまだ公開中のものもあるので、この機会にWebサイトも一緒に見てみることをオススメします。音が出るサイトは一般的にはまだ敬遠される風潮があるのかもしれませんが、そこに音を付ける意味と正しいやり方があればだいぶ印象も変わってくると思います。

そんなわけで、プレイヤーのトラックリストからWebサイトへ遷移できる仕組みがあったりすると音楽を聴く→Webサイトを見るという流れも出来て良いなと思ったり。

パッケージ

iTunes Storeをはじめ音楽配信がその勢力を大いに奮わせていますが、個人的に音楽はCDで購入する主義。どうせiTunesに取り込んで圧縮データで聴くことにはなるのですがソースとしてより音質の良いCDを置いておきたいという気持ちもありますし、それ以上に、やはりパッケージを楽しみたい。ということでWomanもAmazon.co.jpで買ってみた。

パッケージの仕様は台紙にプラスチックのトレーが貼り付けられている、いわゆるデジパック。しっとりとした触感の厚く堅いマット台紙にモデルの女性の体をクロップした写真が配置され、その上には箔押しのシルバーによるロゴ。女性のしなやかさを感じさせる雰囲気が出ていてモノとしての完成度も高いですね。デジパックのCDはなんとなく買ってしまうというデジパック・フェチな私も満足の仕上がり。一般の方には普通のCDに見えるのかもしれませんが、収録されている曲がまずWeb上にあったことを知っていると、モノとして手元に収まるとおぉ〜と不思議な感覚です。

彩度が低めでサテンのヴェールをまとったような写真のトーンが素敵なんですが、これはレタッチがきつそうだ...。丁寧なお仕事に乾杯。

「印象」から「記憶」へ

Webサイトは特にクライアントワークの場合には作品であると同時あるいはその前に商品ですから、クライアントの意向や都合が反映されて随時その形を変え、役目を終えれば消えてゆきます。データをサーバーから削除すればその瞬間から閲覧することはできなくなり、やがてGoogleなどの検索エンジンが持つキャッシュ上からも消えてしまえば、完全に存在が消えて無くなる。本や服などに比べて非常にローカルに残しにくい・残りにくい創造物と言えます。無形の創造物としては同様に映画や音楽が挙げられますが、これらはCDやDVDあるいは最近ではデータとしてダウンロードすることで、媒体を変えながらも多くの人々の懐に残っていくものです。Webサイトをローカルに保存する方法もあることにはあるけれど、お気に入りのWebサイトをまるごとダウンロードしようなんて発想や習慣は今のところ一般的とは言えません。ブックマークサイトがWebサイトのキャプチャ・イメージをアーカイブしていたりすることはありますが、それもWebサイトのほんの一部でしかない。Webサイトはインターネットを通じて世界中のどこへでもどんなに距離が離れてても即時に配信ができるという利便性を備えつつも、到達してしばらくするとシャボン玉のように消えてしまうという儚さがあります。

公開当時に強烈に心を動かされたあのWebサイトの印象も、時が経ってそれを見る手立てが無くなれば、記憶されるよりも前に忘れられてしまうのではないか。日々サイトを制作している中で、力を入れていれば入れているほど、そんな憂いを感じてしまうこともあります。まぁ一口にWebサイトと言っても多くの種類がありその役割も異なりますし、WebサイトそのものよりもWebサイトが新たに生む影響や効果にこそ価値があり、それが人の役に立っているのなら本望ではあるのですが。

ただ今後面白くなるかもと考えたのは、「Woman」のリリースがWebサイトの一部だった楽曲を “音楽CD” という手元に残るパッケージ(ソフト)に変えたことで、Webサイトとそれを見る人の関係にちょっぴり変化がもたらされるかもしれないということ。

言うまでもなく、音楽が人の心に働きかける力の大きさは計り知れません。ガールフレンドが学校の帰り道でいつも口ずさんでいた歌。些細なことがきっかけで友人と喧嘩をしてしまったときカフェで流れていた曲。歌えば腹がよじれるほど可笑しかった、仲間内で流行った変な替え歌。きっと誰にでも、耳にするだけでその当時の思い出を鮮やかに蘇らせるような、時間とシチュエーションに深くリンクした音楽があるはず。

やがてWomanの収録曲を聴いて、家族や恋人や友人や大切な物事を思い出すのと同じように、Webサイトを背景とした思い出、あるいはWebサイトそのものを思い出す人が出てくるかもしれないと思うとわくわくする。人々がWebサイトを今よりも身近でリアルに感じ記憶へとリンクさせる可能性を育むものとして、音楽へのフィーチャーは一つの試金石となるかもしれません。