気まま視聴覚室

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HEART STATION

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HEART STATION

宇多田ヒカルさんの最新アルバム「HEART STATION」が、本当に、本当に良い!

ここ最近ブログを書くのがちょっと億劫になってしまって、先々週くらいからは仕事が怒濤のごとく忙しくなったこともあり、最後の更新からなんと5週間ぶり。どうも、こんにちはonopkoです。

仕事はまだ片付いていませんが、ああ一段落したなぁと思った矢先に到着したのが、随分前に予約して待ちこがれていたこの「HEART STATION」宇多田ヒカル - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne)。なんだか褒美をもらえたようで嬉しかった。

今回のアルバムは彼女自身が語るように、前作ULTRA BLUEが「陰」だとすればその対極に当たる「陽」のアルバム。収録曲のうち最初に創ったのがNHK みんなのうたで10月〜11月のうたとして採用された「ぼくはくま」ですが、それをきっかけにしてその後ポップというか素直な色合いを強く打ち出したシングル曲を立て続けにリリース。アルバムとしてどんな仕上がりになるのかなと楽しみでしたが、今回も予想を超えるクオリティで素晴らしいです。

収録曲全13曲(含ボーナストラック1曲)のうち7曲がシングルでの既発曲で、そのうち5曲がアルバムの2〜6曲目を占めるという思い切った構成。曲順が発表されたときにはアルバムとして先細りになってしまうのではと勝手な先入観をもってしまったのですが、いざアルバムを通して聴いてみると、まったく無用の長物であることがわかる。7曲目のGentle Beast Interludeから始まる後半のながれが前半のシングル群にまったく引けをとっていないし、新鮮な分シングル曲よりもより輝いて聞こえる。なんなの、これ。

一昔前だったら「レコードが擦り切れる」と表現したと思いますが、それくらいに聴き倒したシングル群は、あらためて聴き直してもやっぱり良くて、J-POP最高峰のクオリティの成せる業というかなんというか。

今回はセルフプロデュースの度合いがさらに加速し、ボーカル・コーラス・作詞・作曲・アレンジ・オケ・サウンドづくりのほとんどを彼女自身が担当。世界中探してもここまで一人でやっちゃうアーティストは少ないそうで、彼女の創りたかったものがより正直に反映された作品になっているものと思いますが、より自由にできるということはその分負担も大きかったに違いないわけで、クリエイターとしての底力というかこだわりというかその姿勢に感服してしまいます。

宇多田ヒカルさんがデビューしてから10年。その間もちろん、洋邦かぎらず他のアーティストも好きになって聴きましたし、音楽以外の物事でも良いなと思って傾倒したものは数あれど、10年変わらずに好きでいつづけられたものってなかなか無い。いま生業としてやっているデザインの仕事だってまだ4年目だ。僕は今年30になるわけですが、言ってみれば僕の20代は宇多田ヒカルさんの音楽とともにあったわけですねぇ。少し大仰な言い回しになってしまいこっぱずかしいですが、30代もこのままお付き合いしていきたいと思います。

以下たぶん誰も望んでいない勝手なアルバムレビュー。全曲ではなくアルバム後半だけ。

Gentle Beast Interlude

この曲に限らずInterlude系の曲はiTunesの設定で「シャッフル時には飛ばす」ようにしているのですが、実は今回このGentle Beast Interludeから次のトラックのCelebrateへの流れが格好良すぎて、その流れを味わいたくていまだシャッフルせずにちゃんと聴いています。Celebrateのイントロとしての役割を果たしており、クラシックで言うアタッカの繋がりになっていて、すごく巧い。

Utada Hikaru - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne) - Gentle Beast Interlude

Celebrate

仮タイトル「やけくそ」としてブログで制作過程が紹介されていた曲。travelingに張るかというくらいに彼女の曲としては珍しい縦ノリアゲアゲの曲で、彼女いわく「渋谷というよりは、青山のクラブでかかっていて欲しいおしゃれダンスミュージック」だそうです。ガットギターとボーカルの軽快な疾走感が気持ちいい。最後の「不思議ね触れてないのに感じる」という部分のボーカルセンス良すぎて気が遠くなる。仕事中に聴くとテンションが上がりすぎて仕事が手につかなくなるのと、iPodで聴きながら歩いていると信号が赤でも止まるのを忘れる危険ソング。

宇多田ヒカル - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne) - Celebrate

Prisoner Of Love

初期の作品を彷彿とさせるマイナーコードの詩も曲も感情的な作品。唄い回しといいフェイクといいTHE 宇多田ヒカルと言わんばかりの、妙に収まりが良いというか「らしい」楽曲です。いまのところアルバムの中で最も好きな曲。日本の音楽業界ではシングルカットってあまりされないけど、これはシングルとしてリリースされても全然おかしくないクオリティだよなぁとか思ったら、長澤まさみ主演のフジテレビ系新ドラマ「ラスト・フレンズ」とのタイアップが決まったそうです。アルバム曲を主題歌に抜擢するドラマも珍しいですね。

宇多田ヒカル - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne) - Prisoner Of Love

テイク 5

アルバムの中で一番ヘンテコな曲。ULTRA BLUEに収録されている「海路」という曲と同時期に作曲して、どちらを採用するか迷った果てに前者を選んでお蔵入りとなっていた楽曲に、今回詩をつけたものだそうです。なるほどサウンドがULTRA BLUE的で、今回の作品群の中では最も暗い。詩も直接的ではないにしろ「死んじゃいたい」って言ってるし、ギリッギリの状態で創った作品なのではないかと。サウンド的にはかなり重厚で、低音のボーカルが続くBメロでは個人的には中島みゆきを感じさせるような異彩を放ってます。イントロから不思議な世界観で展開していきますが、曲の最中にまさに唐突にカット・アウトされて終了する。

Utada Hikaru - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne) - テイク 5

ぼくはくま

童謡として創られたこの曲がアルバムにも収録されると知ったとき、浮いた存在にならないかねと思いましたが、いざ収まってみると違和感感じさせませんねえ。テイク 5のカット・アウトの終了の仕方は賛否が分かれるところかなと思いますが、「ぼくはくま」のこの収まりの良さは実はテイク 5のその終了の仕方も大いに関係している気がします。Gentle Beast InterludeとCelebralteの繋ぎがアタッカになっていると表現しましたが、ここもある意味アタッカなのかなと。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第3楽章と第4楽章はまったく異なる曲調ですが、この繋がりをあえてアタッカで演奏する指揮者がいたりします。大音量の力強いマーチで終わる第3楽章から、第4楽章の暗くもの悲しい弦楽器の呟きへ。劇的な曲調の変化をより劇的にするために用いられる手法ですが、テイク 5→ぼくはくまの移り変わりにも似たような感覚を覚えました。カット・アウトがあまりに唐突で「えっ」と驚いてしまうのですが、その瞬間にはもう「ぼくはくま」のイントロが始まっていて一気にその世界に引き込まれる。すごい。

この曲は小さなお子さんからの反響が特に大きかったそうですが、同様に好評だったのがなんと30代男性からだったそうで。実は僕もこの曲大好きです。

歩けないけど踊れるよ
しゃべれないけど歌えるよ

告白すると、この曲聴くと涙ぐんじゃうんですよねぇ。オレだけかねぇ。同じくアルバムに収録されているFlight The BluesとかKiss & Cryという曲は聴き手を鼓舞するようなさりげない歌詞が印象的なんですが、直接的な表現ではないもののこの「ぼくはくま」もそんな意味合いを込めた作品のような気がしてならない。

Utada Hikaru - HEART STATION (Mastered by Tom Coyne) - ぼくはくま