気まま視聴覚室

人生は音楽だ。映画のような人生を。

DEEP BLUE

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DEEP BLUE

最も深い海を旅した者は、宇宙を旅した者よりも少ない。けして癒しなどではない。しかし、驚嘆すべき美しさがそこにある。

"DEEP BLUE" は、もともとはイギリスBBC放送のドキュメンタリー・シリーズであるBLUE PLANETを再編集し映画化した作品。

BLUE PLANET は製作に7年・ロケ地200ヵ所・撮影フィルム7,000時間をも費やしたという意欲的なシリーズで、DEEP BLUE にはその中でも制作者が選んだ珠玉の映像が収められています。

愕然とします。

鰯の群れを巡って捕食のためイルカとサメ、カツオドリが入り乱れる攻防戦では、鳥が海を飛び、魚が空を舞う。空の蒼と海の碧が同化した光景を目の当たりにすると、何も言えません。

マリアナ海溝を見下ろす映像、ガウシアがレーザーさながらの青白い発光体を海中に噴出する映像、シャチが捕食したオタリアを空に高々と投げ上げる映像、オニイトマキエイが海中を戦艦のように飛行する映像、ミナミアフリカマイワシが巻き起こす竜巻の映像。美しくて痛烈で、鮮やかなそれらのすべてが見所です。

おそらくテレビシリーズよりも抑えられた効果的なナレーションは好印象です。が、ベルリン・フィル・ハーモニー交響楽団のバックグラウンド・ミュージックには時折やり過ぎ感が漂います。けして音楽の質が悪いと言いたいんじゃない。でも、どんなに素晴らしい音楽でもかなわない、そんな素敵な音が自然界にはあると思います。もっと海中の音にフューチャーしてくれても良かったのではないかと。

結局人知なんてものはたかが知れている。普段僕らが習慣的に「世界」と呼んでいるものは皮膚にしかすぎないわけで、その下で筋肉の収縮運動が発している電気信号やぬるぬるとした内蔵のうねり、血中の赤血球同士が擦れるときに発する音などは、誰も見ることが出来ないし想像さえもできないことです。

普通に暮らしているぶんには触れることの出来ない世界、その一部に巡り会わせてくれた制作者に感謝。それとともに、そのような世界をなんとしてでも映像としてとらえようとする人間のあくなき探究心とそこはかとない野心に恐怖も感じつつ。