チェンジリング
1928年。ロサンゼルスの郊外で息子・ウォルターと幸せな毎日を送る、シングル・マザーのクリスティン。だがある日突然、家で留守番をしていたウォルターが失踪。誘拐か家出か分からないまま、行方不明の状態が続き、クリスティンは眠れない夜を過ごす。そして5ヶ月後、息子が発見されたとの報せを聞き、クリスティンは念願の再会を果たす。だが、彼女の前に現れたのは、最愛のウォルターではなく、彼によく似た見知らぬ少年だった。
先日授賞式があったばかりの第81回アカデミー賞。本作の主人公クリスティン・コリンズを演じたアンジェリーナ・ジョリーが、主演女優賞にノミネートされつつも残念ながら受賞には至らなかったのは記憶に新しいところです。他の候補者の作品を観ていないため比較はできませんが、チェンジリングでの彼女の演技は疑いようもなく彼女のキャリア最高の演技でした。
「ウォンテッド」で魅せた、純白のドレスを身にまとい真紅のダッチヴァイパーのボンネットに仰向けになって銃を乱射しまくるダイナミックな演技もまた彼女がハリウッドで希代の魅力を放っている理由ですが、チェンジリングでの彼女の演技はそれとは180度異なるものです。個性的な顔のつくりをしているためどちらもすぐにアンジェリーナであることを認識できますが、まるで人が違って見えるのは単に役柄の設定という問題ではなく、彼女がアクチュアルな俳優であることの証明。主演女優賞へのノミネートは当然であり、そして個人的には受賞させてあげたかったと思える。
クリント・イーストウッドの撮影は何テークも重ねてその中から良テークを抜き出すという方法ではなく「本番1テーク」が基本だそうですので、通常よりも緊張に包まれた撮影中あの繊細な演技を紡ぎ出し続けた彼女の実力に感服する。華奢で弱々しくて頼り気がなく見えつつも、母親とはかくもあるべきか、まるで生糸のように一本の芯が通った女性像は本当に見事でした。ウォンテッドやトゥームレイダーでの彼女しか知らない方は、ぜひこの作品とマイティ・ハートでの彼女の演技を観ることをおすすめします。
そしてジョン・マルコヴィッチ、ジェフリー・ドノヴァン、エイミー・ライアン始め脇を固めるキャストの演技もまた素晴らしい。特にロス市警のJ・J・ジョーンズ警部を演じたジェフリー・ドノヴァンは初めて知った俳優ですが巧みな演技をされますね。目の前にいたら本気で殴りつけてやりたくなるくらい徹底したゲス野郎ぶりを発揮していて、作品の世界へとより没頭させてくれました。
その他衣装もカメラワークもイーストウッド自身がスコアを手がけた音楽も、怖いくらいにハイレベルで監督賞や作品賞へのノミネートにも充分に値する作品だと感じましたが、既に「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」で2度の監督賞に輝いているイーストウッドはもはや賞レースなど超越して未踏の領域に達しようとしているのかもしれません。
肝心のストーリーはと言えば、あらかじめ対峙する気構えがあったとしてもなかなか受け入れるには精神的に厳しいものでした。実話(リンク先の史実はネタバレの要素を含みます)をベースに物語として実際よりも若干救いのある構成としたようですが、それでもどうかこれがフィクションであってくれと願わずにはいられないくらいに圧倒的。
物語中ではおよそ見当もつかない現実離れした展開が起こっているにもかかわらず、イーストウッドが撮る画はけして見守るでもなくまるで監視カメラの蒼い目が見つめるようにただ淡々と、翻弄される人物たちを捕らえていきます。その動と静のギャップがおよそ非現実的に思えるのですが、しかし実話なんだという避けられない前提に押し潰されそうになる。
ある意味観客に対しても闘いを投げかける作品でしたが、イーストウッドが用意したラストシークエンスにはとうとう耐えきれず泣かされた。私にとってはいままで観た映画の中でも最高に美しいラストの一つ。あんな非現実的な辛い状況をかいくぐってきて、はたして自分ならクリスティン・コリンズの様にあれほど気高く振る舞うことができるのだろうか。彼女が、スクリーンに残した最後の言葉は
「 」
答えはぜひ劇場で。