いねむり読書のススメ

活字の海に飛び込もう。

深海のYrr(イール)

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深海のYrr

ドイツの作家フランク・シェッツィングによる長編小説。深海は宇宙よりも解明が遅れている世界であることは良く言われていることですが、その「海」を舞台に繰りひろげられるSFサスペンスです。

ノルウェー海で発見された無数の異様な生物。海洋生物学者ヨハンソンの努力で、その生物が海底で新燃料メタンハイドレートの層を掘り続けていることが判明した。カナダ西岸ではタグボートやホエールウォッチングの船をクジラやオルカの群れが襲い、生物学者アナワクが調査を始める。さらに世界各地で猛毒のクラゲが出現、海難事故が続発し、フランスではロブスターに潜む病原体が猛威を振るう。母なる海に何が起きたのか。

上・中・下の3冊で1,500〜1,600ページという大作ですが、長さを感じさせずひさびさに滅法おもしろい作品でした。すでにハリウッドでの映画化が決まっていますが、まるでそれを前提としたような群像劇的な場面転換・登場人物の視点切換が巧みで、物語の展開を飽きさせないです。

なにより、作者自身が4年もの歳月をかけて行ったという膨大な取材により、物語で起こる様々な事象が裏付けされている点が妙にリアリティを感じさせますね。地球科学・海洋生物・生態系・海洋大循環・プレートテクトニクス・遺伝子工学・地球外知的文明・イヌイット・石油資源産業・最新の海洋科学技術など、多岐に渡り本当によく調べあげたものだなと。

もちろんフィクションですし、自分自身はいずれの分野にも造詣が深いわけではありませんので鵜呑みにはできないのですが、温暖化・海洋環境汚染・エネルギー危機など現代が抱える問題についても考えさせられる点が多く、特に上巻の展開はこんなことがいつ起きても不思議ではないと思えてしまうほど迫力たっぷりです。実在の場所や人物も登場しますし、全体的にダヴィンチ・コードに通ずる印象を持ちました。つまり、ダヴィンチ・コードにはまった人なら本作も同様に楽しめる可能性が高いと言えるかも知れません。

人物背景の具体的な描写は深みを与えているという点では良かったものの、物語が盛り上がった最中で唐突すぎるタイミングでエピソードが現れるところには、先の展開の方が気になって冗長さを感じてしまったのですが、気になったのはそれくらい。後半の展開が通俗的...という声もあるようですが、まあ楽しめたのでいいや。

それにしても。この作者、作家業は副業で本業は広告代理店と音楽プロダクションのオーナーだというから驚き。自身もクリエーターとして働き、そのスキルを活かして本国ドイツで発売されている本作のオーディオブックでは音楽の制作も担当したのだそう。器用なものです。

映画化されたダヴィンチ・コードの出来にはがっかりだったので、本作についても映画化が心配。。ハリウッドなので映像には期待して良いと思いますが、陳腐なパニック映画にでも落とし込まれたら目も当てられないよね。作者が希望しているキャスティングはジョージ・クルーニーとウーマ(ユマ)・サーマンと言われていますが、個人的にはぴったりだと思います。さぁ、どう出るハリウッド。